方位は不思議だ。相対的でありながら、時として絶対的でもある。
ある地点から見ればある地点は確実に北にあったとしても、別の地点から見たらそれは南東かも、東かもしれない。
それは「指し示す」という方位の本質として理解できるとして、人間と地球のサイズの違いからなのか、動きの不自由さからなのか、日常には絶対的な方位のほうが肌になじむということに気づくとき、どこか足元が揺らぐような感覚になる。
南国、東新宿、北九州、西欧など、方位を関した地名や地域名は”洋の「東西」を問わず”、世界中に分布している。
回転体である地球に絶対的な東西は無いとして、絶対的な南北はあると信じられている。
まぁ実際にあるといえる。
北極星の方向、地軸のてっぺん、が絶対的な「北」で「真北」と呼ばれる。
問題は、北が真北だけでは済まされないところ。
方位磁針を世界中の人が持って北に向かって行ったとしたらたどり着く、「磁北」という北極もあるためだ。
この二点間の距離は「こことあそこ」と言えるような距離ではなく、数百キロ単位で果てしなく離れている。
これは、地球が巨大な磁石であること、地球が自転していることによって起こる。
この事実は、事実だということによって同時に謎めいている。
それはまるで、三角形の内角の和が、地球のような大きな球状物体に当てはめると180度を超えてしまうのに似ていて、厳然と私たちを惑わすのだ(!)。
(赤道と緯度線と地軸はそれぞれ90度で互いに接している巨大な三角形だが、足すと270度になる。)
この、「絶対」なんだか「相対」なんだか、お互いをキャンセルしあうような関係性になぜか惹かれる。
意味があるのか、意味がないのか、意味とはなんなのか。
必ず死んでいくのに次々生まれてくる命の不思議さにも似て、正反対の形容詞によってのみ正確に描写される事象。
現在、そんなテーマの展覧会、「地図の地図展(仮称)」を2009年9月5日から約3週間、西荻窪のギャラリーみずのそらにて企画中。
はてこの捕まえた魚をどう料理しようか。