2次元でモノを考える人と3次元でモノを考える人がいたとしたら、その中間にいるような。
今日は、同じ楽器の音をただひたすら聞いた。
その中間の人の音を聞きにいったのだ。
同じ楽器というのも面白いもので、ただ壊れた音や、自分のルールを押し付けるような頑固な音や、技量を誇る自意識の音や色々な音が非常に聞き分けやすかった。
2.5次元のその人の演奏は、美しく、謙虚で、独特の空間を持っていて、音をなにかの面の上に置きながら、その面を立体的に構成していく様子が、彼の本業である、映像のコラージュを彷彿とさせた。
音の持つ温度や厚みが、まっすぐで、芯の強い、地に足の着いた本人とすべて重なった。
雨のせいか、一粒の雨粒が水面に落ちて水紋が拡がる様子と音のイメージが重なって、メロディーからフォーカスをずらすと、音が雨そのものにすら思えてきた。
ホールに降り注ぐ雨は温かかったと、外の冷たい雨に濡れて初めて思う。