4.24.2009

数学 1

光が何かの隙間から降り注ぎ、それが水に反射するような音。
誰かが作ったものだけども、作った音には聞こえない。
音の速さとは反対に、スローモーションな感覚が引き起こされて、始まりや終わりについての意識が飛ぶ。

歌をあまり聞かない理由の一つには、この始まりと終わりについて否応なく意識させられてしまうことへの違和感がある。
構築されたストーリーを聞くより、繋がれた音を切り取る作業の方がしたいからかも。
意識するということについては言葉は強いが、意識そのものは言葉ではないので、その違いについて無自覚な言葉を聞くのも苦痛でもあり。
無自覚の海をさまよって数匹の魚を探す気にもなかなかなれない。

結局のところ「音楽」が好きなのではないんだろうと思う。
きっと。音を使って意識の階段を上りたい/下りたい、または単純に行ったことのないところに行きたいだけ。
そう考えると好きなもの、ジャンル、なんていうのも根本的には存在しない。
好きなものが好きなのであって、そのジャンルだから好きなのではない。
たとえば「日本人が好き」なんて絶対言えないけど、「好きな人が日本人」は言える。

こういうことを考えているといつも浮かぶのが(数学の)集合概念で、どちらがどちらを排他するのか、包含するのか、ということ。
どちらが優位概念か、とか、自分の潜在変数は何か、とか、自分がそんなことを常に考えていたことを最近知った。
これが数学的だなんて言わないけども、少なくとも私が(まったく数学自体はできないのに)数学に惹かれる大きな理由の一つではある。
数学的概念自体が私には、意識の井戸を降りる縄梯子なんだろうな。

数学についてはまた書きたい。