6.22.2009

布付き棒

ゲリラ豪雨の中、誕生日の夜を迎えた。
どうも傘との相性が悪い(傘を持って出ると雨が止み、傘を持たなければ雨が降る)私は自分を「傘女」と呼んでいるが、先日面白い傘に出会った。
霧雨しか降らないイギリス製のその傘の繊維はあまり密に作られていないらしく、豪雨にまったく耐えない。
耐えない、というのは雨を通す、という意味で、傘を差していながら、傘の中に霧雨(もしくはそれ以上)が降る!
傘を差しているのにぐっしょり濡れるんだ、と持ち主は愚痴りながらも気に入っている様子。
私もそれを聞いて、その「傘の中の雨」を体験して、すっかり気に入ってしまった。

結局、傘を差しているから濡れない、ということも別に法律で決まっているわけでなし、勝手な思い込みなんだろうと思えて可笑しくなった。
それは傘ではなくただの布付き棒だろう、という話になったが、それこそ他の傘もみんなそうで、結局形状や習慣からモノの持つ「それ」らしさを私たちはいかに決め込んでいるか、を思い知らされるような気がした。
たとえば1億本の傘を見たことがあって、すべてが雨から濡れないためのものだったとしても、その1億1本目に見たり使ったりした傘がそうでなかったら、それはそうではない、というだけだ、という当たり前の理屈。
無理やり既成のカテゴリに入れる必要は無く、「今までにない」という単純なラベルの元、分類を分ければいい、分類したければ。

こんなに頭を気持ちよく刺激する、その布付き棒バンザイ、雨バンザイ。