遠く離れた生まれた町の記憶はほとんど無いものの、そこで起きることには不思議とつながりを感じている。
瑣末な事情を疎ましがる態度をドライだと言われ、微妙な音に耳をすませていることや、実は感情そのものとして生きていることにはあまり気付かれない、私同様、思想的色弱なある女性に出会えたのもそこに出向いたから。
全く違う素材でありながら、どこか通じあうものを互いに作っていて、その「モノ」の相性も人間同様にしっくりきた。
不思議で当たり前なこんな出会いは、そこかしこ、とは言わないまでも、確かに存在している。
そちらに眼を向けて、ちゃんと見て、ちゃんと感じればすぐにわかる。
それは、だんだん良くなるものでも、だんだん悪くなるものでもなく、ただそれがそれであるという確かさでそこにあるので、悩んだり迷ったり、時間をかけて見極める必要すらなく、するべきことは海岸でビーチグラスを拾うがごとく、手を伸ばして拾うだけ。
波にさらされて表面が削られ、半透明な様子できらきら光る、あれを見つけたあの気持ち。
驚きと嬉しさと温かさと新しい視野。