こうなりたい、ああなりたい、とは今更あまり思わないが、足したり引いたりしたい部分があるのは常だ。そして、あまり他人から影響受けることはないのだけども、そういう部分だけは周りから影響を受けている、というよりいただいている、気がする。
友達と呼べる人たちは、尊敬してもしきれないほどの何かを持っている。そう考えればいいのか、そうすればいいのか、と、よく感心する。どれだけ古い付き合いでも、新しい爆弾を持ち込んでくるし、どれだけ最近知り合っても、時間では解決しえないほどの深くから水をくみ上げてくる。
先日ある友達にあなたは種を撒く人だと言われた。私自身はそれに気付いている場合も、気づいていない場合もあるらしい。自分では、鍵になっているイメージもたまに持つことがあって、ロックを外す役目も嫌いではない。いずれにせよ自分も、自分が作るものも、ドアを開けて見つけるものや場所というより、鍵そのものという方が合っている気が大いにしている。あとは差し込み方や開け方の問題で、これからも爆弾や地下水にお世話になりたい。