不思議な音体験をした。
空の高いところから様々な地形の上を動きながら遠くを眺めているような音。
そういう「気持になる」というより、「それを見ている、と感じる」、という意味で「体験的」でニュートラル。
覚えているのも音ではなく、視覚的なイメージで、なだらかな丘陵や遠くの虹だったり、どこか共感覚的ですらあった。
声高に「地球」や「緑」や「環境」を礼賛するわけではないが、自然に作られたもののすごさにはいつも魅せられる。
水晶の結晶のしかたやクモの巣の仕組み、爪の伸び方や海岸線の美しさなど。
理由があるようで理由がなく、効率だけのようで効率だけではない、「そうなっちゃった」という有様には有と無のどちらをも感じる。
もしくはどちらでもない何か。もしくはその両方である何か。
それが場所だとしたら、人間もそこに立てると私は思っていて、そのためには削ぎ落すことと取り込むことや、意識を持ちながら無意識になる、という相反する状態を獲得することかな、と思う。
人生で、行きたい場所といえばそこだけしかないかもしれない、というくらいそこには行きたいと常に思っている。
上述した音にはその場所を目指す意志/(と意志抜きの)成り行きの両方が感じられ、それがピタッと私の意識とリンクしたような気がした。
更けゆく空の先端に「そこ」があるのでは、と、音を聞きながら明滅を繰り返すビルのライトを見る。
結局行きたいのはどこでもない場所だけだというのは過分に詩的なのかシニカルなのか。